ようこそ。とうとう日本を訪れてくれま したね。お待ちしておりました。 『三日前に「ショパン先生!」と呼ぶ君の声が聴こえたので、すぐ天から降りてきたのだよ。』 随分前から呼んでいたのですが、声が小 さくて届かなかったのかなあ。 『それは君の呼び方が真剣でないからさ。若い頃は下手くそなピアノで私の曲をよく弾いてくれていたが、最近はさっぱりではないか!』 すみません!本当にすっかり御無沙汰し てしまいました。ところで三日間滞在して、日本の印象はいかがですか? 『とにかく、街のあらゆる所が音で溢れていて、神経衰弱になりそうだ!こんな騒音の洪水の中で生活している人間が、はたして私の音楽を理解しうるものかどうか、少々不安になってきた。』
女性について
日本の女性についてはどうですか? 『電車の中で若い女性と向かい合って座ることがあるが、短いスカートから惜しげもなく素足を投げ出しているのを見て、思わず顔を赤らめてしまった。なかなか美しい子もいるが、やや、恥じらいとか慎みとかいったものに欠けるようだ。昔の若い女は普段は慎み深かったが、いったん恋に陥ると激しく燃え上がったものだ。今の若い女はややふしだらになった分、かえって本当の情熱の方は薄れてしまっているのではなかろうか。』 ジョルジュ・サンドはどんな人だったの ですか?彼女はふしだらではなかったのですか? 『(激怒して)彼女は断じてふしだらな女ではない!彼女の愛は真実に満ちあふれ、しかも彼女はそれを行動で示してくれた。彼女は実に献身的で、気難しい私に対していつも寛大だった。ただ・・(ため息をつく)彼女はあまりにも寛大すぎたので、誰でも彼女の前では思う存分わがままに振舞った。彼女の子供達もそうだった。彼女は子供達を甘やかしすぎた。本当にろくでもない子供達だよ!(ショパン先生の顔が苦しそうに歪んだ)。』
日本のピアニストについて
日本のピアニストについては?
『そう!昨日、君から紹介された若い女性ピアニストにレッスンをしてあげた。彼女はすっかり興奮して僕の前でバラードやエチュードを弾きまくった。
それで僕はベートーベンの作品二六の第三楽章を弾かせた。僕以外の作品を選んだので彼女は意外に思ったようだが、一つの和音、一つのPにどれだけの深い感情が隠されていて、それが曲の中でどのように発展して行くかということを、十分に感じとって演奏して欲しかったからだ。彼女は実に良く練習するし決して演奏も粗雑ではないが、あれだけの長い時間弾き続けると、感性が疲弊し、音楽が枯渇してしまうのではなかろうか?勤勉さだけでは良い音楽は作れない。』
日本の伝統音楽についてはどう思われますか?先生は一昨日皇室に招かれ、雅楽を熱心に聴かれていましたね。
『あのおおらかさと静寂が、なんともすばらしい。あのような音に浸っていられる人々を本当に羨ましく思う。私の心は、時折嵐のように襲う悲しみと、怒りの感情にいつも苛まれていた。私が心の平穏を得たのはジョルジュ・サンドと過ごした数年間だけだ。』
そういえば先生の曲には美しくうっとり
した楽想の中に、突然悲憤の楽想が顔を覗かせるような所がありますね。たとえば作品三十二の一のロ長調のノクターンを初めて弾いた時、最後の方で急に気分が変わってしまって思わずドキっとしてしまいました。
『私は作曲家だ!作品のバランスを著しく損なうような気まぐれさは放ってはおけない。ただ自分の感性が自然に導いた楽想の変化には、それなりの説得力があるものと思っている。作りすぎて、感性が乾いてしまうような音楽を書いてはいけないのだ。』
レコードと電子楽器について
先生は御自身の音楽が御自身の感性を裏 切ることを決して許さなかった音楽家ですね。 ところで先生は今朝、某大学のスタジオに立ち寄り、先生の時代には想像もつかなかったような、電子楽器や電子機材に触れられたそうですが、印象はどうですか? 『まず、キーボードを弾かせてもらった。僕は鍵盤を見ると頭の中にすぐピアノの響きが浮かんできてしまうのだが、弾いてみたら、まったく違った色々な音が出てきたのでびっくりした。ただ、ピアノはタッチの繊細な変化で、演奏者の感性の陰影を微妙に伝えることができる。どうも電子楽器はまだそこまで行っていないようだ。多様な音色を得るという面では凄い能力を持っているようだが?』 おっしゃる通りですね! では、他の機器も含めどのような判断をされますか? 『コンピュータが私の曲を私が逆立ちしても弾けないようなテンポで演奏したのを聴いて、いささかびっくりした。またコンピュータでも上手に使えば結構表現力のある演奏が出来ることも解ったが、ただレコードと同じように何回演奏してもいつも同じニュアンスで演奏するのだ。音色やテンポを自由に変えることは可能だが・・ しかし総合的にみると本当に色々な響きが出せるのでとても面白かった。もし今生きていたら、これらの機器を使って作曲してみたいものだ。ピアノとはまた違ったポエティックな世界が開けるかもしれない。』 今レコードの話が出ましたが、レコード 芸術についてどう思われますか? 『私は自分の曲を演奏する際、装飾音などの弾き方はいつも変えていた。つまり人の感性は時とともに変化しており、その感性に忠実に演奏したとしたら、その時々により、同じ曲を弾いても決して同じ演奏にはならないはずなのさ。もちろん優れた演奏は何度聴いても良いものだし、今の時代に生きていたら私も利用しただろう。ただ同じ曲でも、演奏者のその時の状態や聴衆の反応によって、違った演奏が聴けるというスリリングな面白さが生演奏の楽しみの一つなのだ。もっとも何度演奏しても、いつも同じような演奏しかしない者もいるがね。そういう計算された演奏をする者が多くなったのは、やはりレコードという媒体の影響かも知れぬなあ。』
若い音楽家に贈る言葉
最後に、若い音楽家に対して何かお言葉 を。 『もっと音楽をし、恋をし、そして悩みなさい。そしてどんなに苦しくとも音楽家は自分の感性を裏切ってはならない。 悲しみを経て魂は鍛えられ感性は磨かれて行くのです。もっと深く感じ、深く思わなければならない。』 私はショパン先生に対して言葉を返そうとしたが、先生の声は『感性を大切に!』という言葉を繰り返しながら、次第に小さくなっていった。
(音楽戯評 ゆめおと・みたろう)