ミュジコラ       夢音見太郎 

 さて、今、私は十年後の西暦二〇一〇年の世界を訪れております。今回のタイトル『ミュジコラ』とは、実は二十世紀末に流行った『アイコラ』をルーツとしているのですが、品性高く教養豊かな本誌の読者諸氏には『アイコラ』という、この下品な言葉の意味などご存じない方が多いと思われますので、まず、その意味を確かめるため、新婚ほやほやのY君の話を聞いてみましょう。

 『アイコラ』について

 「僕、Yです、W子とは一年前に知り合ったんだけど、W子ったら『結婚するまでは、私の体を見たり触ったりしてはダメよ』っていうんです。今時そんな話ってあるかと思ったけど、彼女に嫌われるのが怖かったし、きっと身持ちが良すぎるからなんだ、といい風に解釈して、その言いつけに従うことにしたんです。その代わり、淋しいから何かちょうだい!って言ったら、彼女は『これを私と思っていつも眺めていて』って、自分のヌード写真をくれたんです。その写真に写っていたW子の体って凄いですよ。胸もこんなに大きくて」Y君は仕草を交えながら話続けた。「ところが、念願かなって結婚し、彼女の体をみたら胸も貧弱だし、写真とは全然違うんですよ。それで、彼女を問い糾したら、ちょっとした遊び心で合成写真をあげたんだ、って言うんですよ。ほらアイドルの顔と他の女のボディを合成した写真をインターネット上で流すのが流行って問題になったことがあったでしょう。例の『アイドル・コラージュ』を短くして『アイコラ』って言っていたやつ。そう、あれと同じように、写真に写っていた彼女のボディは他の女のものだったんです。彼女、普段は胸当てをしていたんで、僕、見破れなかったんです」
─それで、その後W子さんとの間はどうなったの?
「『君の体の実物は写真と違うじゃない』って怒ったら、『あなたは私の体が目的だったの!』って言い返すんですよ。その時は頭に来ていっそ離婚してやろうかと思ったんですけど・・。でも、よく考えてみると彼女と別れても、もっと良い女に巡り会えそうにもないし、だって、僕って頭ワリイし、給料安いし、女にはてんでモテないんですよ。それに、僕、気がついたんだけど、ちっちゃい胸ってそれなりに可愛いんですよね。それで気を取り直して、W子とは今後とも巧くやって行くことに決めたんです」。
 〈めでたしめでたし〉でY君の話は終わりましたが、これで『アイコラ』という言葉の意味がお判りいただけましたかな?
 では、次に『ミュジコラ』の正体を確かめるために、オーディオ・マニアのK君にインタービューしてみましょう。

 『ミュジコラ』とは?

─Kさん、最近流行の『ミュジコラ』につい
てお話いただけませんか?
 「はい、『ミュジコラ』とはいろいろな既成の音楽の部分を切り取り、それを貼り合わせて音楽を創ることです。『ミュジコラ』は和製英語『ミュージック・コラージュ』の短縮語ですが、この近年、日本発のこの文化が、世界中で流行りだしたんですよ。」
─でも、他人の音楽を引用したり貼り合わせたりして、新たな作品を作るというやり方は昔から行われていたもので、特に珍しくはないんじゃないですか?かっての前衛作曲家のベリオ氏などは、『シンフォニア』という作品に、確かマーラーのシンフォニーを貼りつけていますし、ワーグナーの『トリスタンとイゾルデ』の冒頭の部分など、ドビュッシーをはじめ多くの作曲家が引用していますよ。
「しかし『ミュジコラ』の場合はちょっと違うんですよ。音符ではなくて、演奏された音そのもののデータが貼り付けに使われるんです。しかも、制作者の好みでピッチや音色など、音そのものの内容を勝手に変えてしまうことも出来るんです。このような現象の源は十年以上前の私製CDブームにあると考えます。コンピュータが高性能になり、CDーR(録音可能なCD)が普及し、だれでも簡単に既存のCDの複製や自家製のCDが作れるようになりました。CDを作る際、音楽の波形データをコンピュータに読み込み編集します。それまではプロしか扱えなかった音楽のデータを波形レベルで切り取ったり貼り合わせたりする技術が、一般の人でも使えるようになったのです。
 『ミュジコラ』も最初の頃はベートーヴェンの曲が途中でブラームスやモーツァルトに変わったりするような他愛のないものが多かったんですが、次第に名曲の中に自分の声でメッセージを入れたり、名ピアニストの演奏を途中から自分の演奏に切り替えたりするような手の込んだものが出て来て、自己表現、自己顕示欲を満たすための手段としても使われるようになって行きました」
─自分の声を入れるってどんな風にいれるのですか?
「名曲の演奏と自分の声をただミックスするだけならごく簡単ですし面白くありません。この前、インターネットからダウンロードした『ミュジコラ』の場合など、色々な曲の断片が貼り合わされているのに一つの音楽としてとても良くまとめられていて、心地よく聴けたんですが、聴いている途中で誰かに『バカヤロー』とか言われたような気がしたので、後で波形を調べてみると、曲の途中の僅かな音の隙間に、『バ、カ、ヤ、ロウ』という言葉が途切れ途切れに埋め込まれていたんですよ。こんなのは他愛のない悪戯で、『ミュジコラ』が、こんな遊びに使われているうちは大した問題はないんですが、『ミュジコラ』が広がって行くなかで、やっかいな問題が起こって来ているのですよ。
 その一例をあげますと、自称作曲家のAが、自分の作った『ミュジコラ』を自分のオリジナル作品だと主張しているんです。」
─だって、人の作品や演奏を貼り合わせただけのものでしょう。
「百以上の作品を細かく切り刻んで貼り合わせている上、さらにエフェクト処理などを施しているので、まったく別の新しい作品だと解釈出来なくもないんです。でもAは、作曲家Bと、演奏家Cから、自分達の作品と演奏が盗用されたということで著作権侵害で訴えられています。ところがさらにややっこしいことに、今度はAがDを告訴したのです。理由はAの作った『ミュジコラ』の一部がDの『ミュジコラ』に盗用されているということなのです。」
─『ミュジコラ』の『ミュジコラ』か、そりゃややっこしい。
「まだまだ色々ありますよ。それから、この近年『ミュジコラ』だけではなく、『ムビコラ』というものが流行りだしているんです。」
─あー『ムービー・コラージュ』という意味ですね。
「そうです。今ではDVDーRが十年前のCDーRと同じように普及しているんです。ですから映像の切り貼りも出来るんですよ。映画やテレビドラマ、アニメ、それに自分が撮影したビデオの映像などを切り貼りし『ムビコラ』を作るんです。音と映像の両方に凝る人は『ムビコラ』と『ミュジコラ』を合体させて『マルチコラ』を作るんです」
─へえ!コラージュ文化はどんどんエスカレートしているというわけですね。
─ところで、話を変えますが、Yさんは凄いコレクションをお持ちということで・・・。
「ええ!家には二千枚の複製CDと一千枚の複製DVDを持っていますし、さらに僕のパソコンのハードディスクには一千曲分の交響曲や協奏曲の音楽データ、それに数百本分の映画のデータが保存され、CDやDVDに生まれ変わるのを待っています。昔に比べるとハードディスクの容量が飛躍的に大きくなったので、そのようなことが可能になったのです。でも僕は自分が作った複製のCD、DVDを他人に貸したりはしませんよ。ちゃんと著作権法は守っています。」
─でも、それだけ膨大なコレクションがあったら、それを全部鑑賞するのって大変でしょう。
「ええ、実を言うと、複製を作るのに忙しくて、じっくり鑑賞する時間がないんです。エヘヘヘ・・・・」  
   
(この稿完)

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